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サラーム! こんにちは。
イラン発の平和を考える絵本『きみは、ぼうけんか』(シャフルザード・シャフルジェルディー・文/ガザル・ファトッラヒー・絵)の翻訳を担当しました愛甲恵子です。
わたしはこの5月、イランを訪れました。イランといってもほとんど首都テヘランにいたのですが、滞在中は、ブックフェアに通ったり、著者のおふたりに会ったり、出版社を訪ねたりしました。そのようすや、著者や編集者からうかがった、『きみは、ぼうけんか』誕生までの物語を、写真も交えながらみなさんにお伝えしたいと思います。
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『きみは、ぼうけんか』の著者に会う!
今回の旅の目的のひとつが『きみは、ぼうけんか』の著者であるシャフルジェルディーさんとファトッラヒーさんに会うことでした。おふたりとは、翻訳を進める段階でもやりとりをしていましたが、翻訳とは直接関係のないこと、例えばこの絵本が誕生した経緯や、完成までのプロセスなどは、ぜひお会いして話をうかがってみたいと思っていたのです。それぞれ独立した流れを持つ絵と文が、ひとつの作品として完全に調和し、著者がふたりであるとはにわかに信じがたいようなこの絵本が、いったいどのようにして生まれたのか、とても興味がありました。
お会いしたのは、7年前にテヘランにできたばかりの「book garden」という、大きな本屋を含む複合商業施設に併設されたカフェです。
結局おふたりとは3時間近く話しこみ、いろいろなことをうかがったのですが、さらに別の日に、編集を担ったサハル・タルハンデさんのお話も聞くことができて、この絵本がだいたい以下のような経緯で生まれたことがわかりました。
『きみは、ぼうけんか』が生まれた経緯
この物語は、巻末の著者の言葉にあるとおり、文章を書いたシャフルジェルディーさんが、幼い娘さんに戦争をどうやったら伝えられるだろうか、と考えたことが発端でしたが、具体的なストーリーが生まれたのは、2017年にテヘランで開催された絵本づくりのワークショップでのことです。
このワークショップは、ふだん交流の少ない若手の作家と画家が協働して絵本をつくることを目的としたもので、コンペで1位を獲得した作家と画家は、イタリア・ボローニャブックフェアにご招待、という特典付き。そこにおふたりが参加したのです。
でも、最初からふたりで絵本をつくろうとしたのではありません。まず作家であるシャフルジェルディーさんが物語と絵本の構成のアイディアを提示。講師の提案で、ファトッラヒーさんに話がいき、ふたりで話したところ、作品のイメージをかなり共有できて、一緒に進めることになったのだそうです。こうしてこのふたりのペアが誕生しました。
ふたりは約3週間で、コンペの参加条件である、ストーリーボード(絵本の構成が見通せるラフ絵)と一場面の完成形の絵をつくりあげます(このとき完成させたのは、最後までほぼ変更がなかった海の場面の絵)。そしてみごと1位を獲得しました。
ボローニャに行くことになったふたりは、外国の出版社に作品を見せるため、大急ぎで、英語やドイツ語などの簡易本を製作します。これがそのドイツ語版。
出版された絵本の表紙とずいぶん違いますよね。お兄ちゃん、だいぶ年上に見えますし、帽子もあの黄色じゃない! 実は中の絵の雰囲気もだいぶ違います。ここで中身までお見せすることはできないのですが、シャフルジェルディーさんの表現を借りれば「最初はもっと、セ・ボオディー(三次元的、立体的)だったよね」。物語もずっと短くて、物語というよりは詩のような言葉でした。
この簡易本を携えて訪れた2017年のボローニャブックフェアでは、いくつかの外国の出版社が興味を示したそうですが、やはり最初はペルシャ語で出版したい、という結論に至り、TUTIが出版を担うことになります。
とはいえ、すんなりと刊行に至ったわけではありませんでした。TUTIのディレクターで編集者でもあるサハル・タルハンデさんは、この作品を世に送りだすためには、もう少し工夫が必要だと考えたのです。
タルハンデさんは、戦争の描写が子どもたちの負担にならないように、という著者の思いが、より具現化されるようアドバイスをしていきました。例えば完成版では、ふたりが家を出たあとは、どの場面にも、物語に直接関与しない多くの人々が描かれていますが、これはタルハンデさんとのやりとりの末に生まれたものです。厳しい現実の中にいるのが、世界でたったふたりではないということを、どの場面においても伝えた方がいいという配慮です。それは、絵の中のふたりがさびしい思いをしないように、ということでもあります。
一方、文章については、読者が内容をより理解しやすいよう、物語の形に書き直されました。ですがその際も、物語の舞台や時代などは明らかにせず、主人公のふたりが経験していることが、この地球上のどこかで今現在起こっていることだ、と直接伝わるようにするという原則は貫かれました。
このほか、最後の場面だけ画面全体に色をつけることや、最初と最後に祈りの表現として折り鶴の絵を入れることは、修正を重ねる中でファトッラヒーさん自身のアイディアによって取りいれられたそうです。
そして、物語で鍵となる黄色い帽子ですが、これは旅行用の帽子をイメージして描いたものだそうで、チェック柄だとイギリスを想起させるので黄色にしたとのこと。それが図らずも日本においては小学生がかぶる黄色い帽子によく似た形となりました。
このようなさまざまな修正ののち、2019年、『きみは、ぼうけんか』のペルシャ語版が刊行されました。
お披露目がコロナの始まりの時期と重なって、宣伝はほとんどできなかったそうです。
ですがその後、2021年に、ファトッラヒーさんの絵はブラチスラバ世界絵本原画展で金牌を受賞。翻訳版が、トルコ、スペイン、オランダなどで刊行され、日本にもやってくることになります。さまざまな言語の読者を得ることになりました。
戦争、難民、という現在進行形の、いまや全地球をあげて考えていかなければならないテーマを、子どもたちにどう伝えるか……この簡単ではないミッションについて、著者と編集者が粘り強く考え、ひとつひとつ形にしていった結果が『きみは、ぼうけんか』。そのことが、今回お話をうかがって、とてもよくわかりました。この本を日本で伝える役割を担う者として、とても大切なメッセージを受けとったと思いました。
というわけで、こと『きみは、ぼうけんか』に限っても、この5月のイラン滞在は、たいへん有意義なものになりました。そして、直接会って話せることのありがたさを、改めて感じました。
今回の旅の記憶とともに、『きみは、ぼうけんか』をこれからも大切に伝えていきたいと思います。
*今回ご紹介したドイツ語の簡易本は、年末に開催する『きみは、ぼうけんか』のパネル展で展示する予定です。この物語の「はじまり」をご覧になりたい方、ぜひご来場ください。
なお、パネル展会場は東京原宿のカフェ「シーモアグラス」です。詳細が決まり次第ブロンズ新社のSNSでお知らせします!
(愛甲恵子)
書誌情報
『きみは、ぼうけんか』
シャフルザード・シャフルジェルディー 文
ガザル・ファトッラヒー 絵
愛甲恵子 訳
定価 1,540円(本体1,400円+税)
https://www.bronze.co.jp/books/9784893097286/
※著者より日本の読者の皆さんへのメッセージ動画をお預かりしています。以下URLよりぜひご覧ください。
https://staffroom.hatenablog.com/entry/you-are-an-explorer/
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staffroom.hatenablog.com