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片山令子さんのこと。 『マルマくんかえるになる』が、おしえてくれること。その3

 

 いつも心のどこかにあるのだけれど、入園、入学のこの季節になると、

桜がふわりと満開になるように、毎年必ず存在感を増して、

あたたかいもので心を満たしてくれる本、

それが、わたしにとっての『マルマくんかえるになる』です。

 

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片山令子さんのあたたかな言葉と、広瀬ひかりさんの美しい銅版画で、生きていく上で大切なことを、やさしく教えてくれる絵本。

 

この絵本をつくったきっかけは、以前こちらで書きましたので、

成長は、おそい方が、とく。『マルマくんかえるになる』がおしえてくれること。その1

成長は、おそい方が、とく。『マルマくんかえるになる』がおしえてくれること。その2

 

今年は片山令子さんのことを、すこしだけ、書こうと思います。

駆け出しの編集者だったわたしにとって、

詩人でもあり、児童文学作家でもある片山令子さんは、

背筋がのび、ひどく緊張する一方で、

心をゆるして、いろいろおはなししたくなる方でした。

 

令子さんの詩や文章は、特別な言葉を使っていないのに、

その手で掬い上げられことばは、

魔法のように独特の存在感と魅力を帯びて、

しずかに光を放ちはじめるような、

比喩ではなく、ほんとうにそんな感じがします。

 

それは、文章や詩だけではなく、

令子さんの身のまわりに存在するものでも、おんなじでした。

ブルーのインクで書かれた、誠実な感じのするやわらかな筆跡も、

きれいな靴下を、ご自身で改造したおもしろい手袋も、

繊細な花モチーフの鋳型のブローチも、

黒いリボンをつけかえた、上等の麦わら帽子も、

令子さんのまわりにあるものは、

いつも独特の存在感で必ずわたしの目をひき、

毎回褒められずにいられないくらい、特別な輝きを放っていました。

 

当時は「すてきだなあ」と、ただぼんやり憧れるだけでしたが、

中年になった今は、その理由がわかります。

令子さんのことばやものが、特別な輝きを放っていたのは、

令子さんがそれらに、特別な愛情をもち、慈しんでいたからです。

 

国立のロージナ茶房で、令子さんから手渡しでいただいた、

マルマくんの原稿もまさにそう。

B5の用紙に、ゆったりと行間をとって、

丸みのある明朝体で印字された原稿は、

令子さんが、このおはなしをいかに慈しみ、

ていねいに仕上げたかが、ひとめでわかる佇まいでした。

オフホワイトの用紙が、誇張じゃなく、淡く光を放っているよう。

特別なもの、とすぐにわかる存在感。

この原稿は、いまでもわたしの大切なたからものです。

 

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永久保存版のたからもの原稿。


作家さんを前にして手渡された原稿を読むという

一人前の編集者のような大役に呑まれそうになりながら、

緊張して文字を追いはじめました。

ほどなく、自分のなかで感情が大きくふくらんで、

うれしい気持ちと、泣きたくなるような気持ちが制御できなくなるような、

からだが波打つような感覚につつまれました。

『マルマくんかえるになる』の原稿は、ほんとうに、すばらしかった。

 

令子さんの体温が宿った言葉で紡ぎあげられた世界は、

2月の早生まれで、なにもかもが人よりおそく、

落ちこぼれだったかつてのわたしを、

やさしくつつんでくれるようなおはなしでした。

「成長は、おそいほうが、とく」というテーマを、

こんなにすばらしい物語で表現してくれるなんて。

うわずった声と拙い言葉で、感想をつたえると、

令子さんは、にっこり笑って「よかった」と言ってくれました。

 

この日のことを、わたしは本当によくおぼえています。

編集者としてこれから仕事をしていく上で、

この日の出来事が、じぶんにとってとても大事な意味をもつことを直感し、

令子さんと別れるとすぐ、ひとり国立の織物屋さんに直行しました。

そして、銀行でお金をおろし、当時のわたしにしては

なかなか思いきった値段のラグを、即断で購入しました。

毎日目にする、値段のはったものを買えば、

それを見るたびに、令子さんから原稿をいただいて

感激したこの日のことを、覚えていられると思ったのです。

そうして、かばんにはマルマくんの原稿、両腕には大きなラグを抱え、

深い満足感とともに、中央線にのって帰りました。

 

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庭やお花のはなしもしました。ラジオ大学の古典講座や、アクセサリーのおはなしも。

 

国立のロージナ茶房で、片山令子さんと、

いろいろなおはなしをする時間は、

わたしにとって、ごほうびのような時間でした。

なかでもとりわけ印象にのこっているのは、

 

「わたしはね、なにか嫌なことがあったら、

なにかひとつ、いいことをするの。なかなか会えないお友達に

ちいさなお菓子を贈るとか、どんなことでもいいの。

でも、かならず、そうするの」と、令子さんがはなしてくれたこと。

 

これをきいて、「ああ、こういう方だから、こどもを慈しみ、

つつみこむような、あたたかいおはなしを書けるんだな」と思ったのを、

よくおぼえています。

 

おちこぼれのマルマくんたちを、

あたたかく包みこむがませんせいの姿は、

そのまま、当時若かったわたしが、緊張しながらも、

心をひらいてあれこれ話しかけたくなった、

成熟した寛容な心をもつ、令子さんの姿そのものにも感じます。

 

いただいたテキストをページで割って、

絵のイメージを編集者が割り付けしたものを確認しながら、

「ああ、よく読んでくれている」と言ってもらったときの、

恥ずかしいような、誇らしいような気持ちは、

鮮度を失わず、ずっとわたしの心の中にあります。

 

そのときのページに書かれていたことばは、

その後、わたしが困難に立ち向かうたびに幾度となく唱え、

いまではすっかり暗唱してしまい、大切なお守りのことばとなっています。

 

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お守りの一節になった、がませんせいのことば。

 

特別な思いのつまった絵本、『マルマくんかえるになる』は、

2013年の刊行以来、ゆっくり、ゆっくり、着実に版を重ねつづけています。

松戸のとある書店さんでは、時間をかけて、

通算80冊ものマルマくんを、売り上げてくださいました。

 

まあたらしい場所で、じょうずにできないとき、

ひとりだけ、おくれてしまったとき、

こどものすがたに、しんぱいになってしまったとき、

『マルマくんかえるになる』を、読んでいただけたら、

うれしいな、と思います。

 

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のーんびり。気持ちのいい場所で絵本をひらいて。あんまり焦る必要はないと思う。

 

世の中には、今年も、おちこおぼれのちびちゃんたちをみつけて、

うれしくてしかたのないがませんせいや

令子さんのようなすてきなおとなが、たくさんいるんだよっていうことを、

渦中のみんなに知ってもらえたらいいなあ、と思います。

 

成長は、おそいほうが、とく。

これは、ほんとうに、ほんと、なんですよ。

 

(編集部・沖本)